「困った時は正直に言う」「わからぬことは患者に聞く」

成田善弘「治療者の介入 −その2− 共感・解釈・自己開示」『精神療法家の仕事−面接と面接者』金剛出版、2003年、79-96ページ、より

・・・レヴェンソンは、患者が怒っていて治療者も怒りを感じているときに、治療者の表現の仕方に以下の四通りがあるという。

1あなたはいつも怒ってばかりいる精神病質者だ。You are a psychopath who is always angry.
2あなたは怒っている。You are angry.
3あなたはいま・ここで怒りを感じている。You feel angry here and now.
4私はいま・ここで怒りを感じているI feel angry here and now.
1を言う治療者がもっとも防衛的であり、4を言う治療者がもっとも率直である。[中略]
・・・私は面接場面で、わが身にどういうふうにこたえてくるかということを大事なことと考えている。それをキャッチしたものを言葉にしたい。つまり面接場面での私自身の中に生じる体感、感情をみつめ、それをできるだけ正直に言葉にしようと努めている。
 このように努めるようになったのは、今まで思わず正直に言ってしまったことが治療的に大きな意味をもった(と私には思われた)ことが何度もあったからである。私はこれを「白状する」と称することにし、治療の中でもなるべく「白状する」ように努めている。もちろん正直はときに残酷になる。治療者の中に生じる患者への陰性感情を「白状」してよいかどうかはよく考えなければならない。しかし治療者が患者の役にたちたいと純粋に思っているならば、「白状」が治療的にマイナスになることは思いのほか少ないように思われる。若い治療者の相談に乗ったりスーパービジョンをするようになって私が心がけていることは、治療者が何か介入をしたときに、あるいはどう介入したらよいか困惑したときに、そのときの治療者の気持ちをよくきいてみるということである。[中略]
 そういう例を一つあげる。大学病院で研究中のある女性治療者が、境界例の女性患者を担当した。この患者はすでにいくつかの病院に受診し入院したこともあったが、問題行動のためそこの治療者から「見捨てられ」て、現治療者のところにきたのだった。大学病院にベッドが空いていなかったので、治療者は患者を、週二日非常勤で勤務している精神病院に入院させた。
 このような形で入院治療を開始すると、患者は治療者が病院に来ない日にリストカットをしたり病室の窓ガラスを割ったりという問題行動をするようになった。対応に困った病棟看護婦からの要請で、治療者は病院に行く日をもう二日増やし、週四日この患者と面接することにした。これで患者の問題行動はやや減少したが、治療者が病院に行かない日はまだ週三日ある。その日に問題行動が生じないようにと、治療者は病院に行かない日はこちらから患者に電話をかけることにした。
 この患者と面接はいつも緊張した雰囲気で、患者は治療者に向かって、「先生は私のことを重荷に思っているでしょう」と詰問した。治療者は患者から、今までの治療者と同じように先生も結局私を見捨てるのか、と問いつめられるように感じていた。
 これにどう対応したらよいか困惑した治療者は私に相談した。私がそのときの気持ちをきくと、治療者は自分の気持ちをみつめて率直に答えた。「本当はこの患者のことが重荷になっている。今の治療のやり方が望ましいものとも思っていない。しかしもし私が重荷だといったら、この患者が見捨てられたと思ってどういう行動にでるかわからないし、治療を中断してしまうかもしれない。この患者はそういうことを繰り返してきているので、またここで繰り返させたくない。だからといって、重荷ではないなどと本心でないことを言ってもこの患者には容易に見透かされてしまうだろう。だからどう答えてよいかわからない」と。
 私はこれをそのまま患者に「白状」してしまうよう助言した。この治療者には患者のために役立ってやりたいという根本的な気持ちがあることがよくわかったからである。そういう気持ちがなければ、中断を心配などしないし、私に相談などしないであろう。
 この治療者は私の助言に半信半疑のようであったが、他に方法もないと思って、面接で次のように患者に伝えた。「週四回の面接と電話は本当を言うとちょっと重荷なの。それに必ずしも治療にプラスとも思えない。でもそう言うとあなたが見放されたと思って治療を中断してしまわないかと心配で(過去にそういうことが何度もあったから)、今まで言えなくて困っていたの」。
 すると患者はショックを受けたようで、「先生が遠くなる」と言ったが、その後しだいに、面接の息づまるような緊張した雰囲気は和らぎ、双方が以前より自由に発言できるようになったという。
 これが私のいう「白状」ということで、レヴェンソンのいう"I feel〜."に当たる。これを "You feel〜." の形でいえば次のようになるであろう。「今心細くて私の側にいたい気持ちなのですね。でも一方で、それが私の重荷になって、私があなたを見捨てやしないかと心配なんですね」。この言葉は先程述べた「白状」と表裏(同型反転)になっている。[中略]治療者が患者のために役に立ってやりたいと願いつつ患者の気持ちを理解しようと努めているときに、患者の気持ちと治療者の気持ちはこのように同型反転的なものになる。
 これを "You are a〜." の形で言えば「そんな要求ばかりしているようでは、あなたは自立できていない駄目な人間だ」ということになる。"You are〜." の形で言えば「あなたは私に頼っているのですね」ということになる。こういう言い方はおそらく患者の反発を招くか、そうならないまでも治療的な意味をもたないであろう。・・・