基本症状と治療 

1.対人操作 
 なぜBPDの患者は人を操作してしまうのか。それはなぜ私たちが患者の作り出す渦に巻き込まれてしまうかという問いにつながる。人を惹きつける力がない患者では対人操作は起こりにくいという現実がある。対人操作の原理は逆転移なのである。彼らの持つ淋しさや孤独感、時には怒りの感情は私たちに残っている思春期的心性を刺激し、同情心や反発、嫌悪感などの感情の渦を作り出す。患者はどのようにしたら自分に関心を持ってくれるのかを目的に生きていると言ったら、言い過ぎであろうか。逆転移を防ぐ唯一の方法は距離であり、「関与しつつある自分を観察する」行為である。入院は治療者だけでなく、多様なスタッフが存在するので、ボーダーラインシフトが必要とされるのである。

2.分裂(スプリッティング)と投影性同一視
 良い自分と悪い自分の2つの自分がいると彼らはしばしば述べる。BPDでは対象が部分に分裂し、自分を受け入れてくれて抱えてくれると感じた対象の部分に対して万能的な自己が機能する。一方、自己を拒み、受け入れを排除する対象の部分に対しては破壊的で攻撃的で抑うつ的な自己が機能する。したがって対象が本来の同一性を失って部分に分裂することで、「今日の先生はものすごく悪い先生に見える」などと表現することになる。良い自分は良い対象部分と悪い自分は悪い対象部分と結びついているのである。BPDでは同一性障害はほぼ必発症状である。

3.行動化
 行動化は行動が言葉の代理になっていることを意味する。行動化はかつての体験や心的外傷、満たされなかった衝動が言語機能を経由せずに行動となって表現されるのであるが、BPDで頻発する理由は彼らのこうした衝動が言語成立以前の体験(再接近期)に基づいているからである。
したがって、彼らは自分がなぜ結果として本人の不利になるような問題行動を次々と引き起こすのか理解できない。行動化は禁止するのが原則であるが、同じように重要なことは行動化を解釈してゆく操作であろう。たとえば手首を切る行動には「自分は孤独だ。誰も来てくれるはずがない。でもきっと来てくれるはずだ。誰か助けて」というような不思議な観念が背後にある。あるいは自分を罰するために行うのかもしれない。
 行動化に対して過度に反応することは、それまで無力と感じている患者に万能感を供給して行動化を強化することにつながる。周囲がはらはらするほど行動化は強化される面がある。治療者は揺らがないことが重要である。


4.抑うつ
 BPDでは抑うつ症状はすでに述べたような感情や気分の複合物であり、きわめて破壊的な性質を持っている。治療の第1歩はこの抑うつに耐える力をつけることから始める。「この抑うつは嵐のように襲ってくるかもしれませんが、あまりにも辛いときにはじっとその嵐が過ぎるのを待つしかありません。数時間時には数日続くかもしれませんが、永遠に続くことはないはずです。抑うつに耐える力がついてきたら、多少の抑うつが来てもいろいろなことができるようになります」と伝えるのもよい。実際に家事も外出もできなかった患者が抑うつに耐えることによって次第に回復に向かってゆくのである。
 この抑うつの正体は重要な人物から(広くいえば世界から)見捨てられるという幻想に由来している。治療関係において、「あなたが求めている限り、私の方から見限るようなことは決してありません」と宣言することの治療的意味はここにあり、そうした関係の中で患者はこの破壊的抑うつに耐えることを学び始めるといってもよいだろう。

?.分離と別れ
 分離は不安と抑うつと怒りを呼び起こす。分離が完成していない彼らは対象との間に強い依存関係を作るようになる。この依存関係は相互依存の関係を作りやすい。しばしば彼らは「親が(友達が)私を頼りにしてくるんで困っているんです」というが、彼らは自分の依存感情の深刻さが相互依存の中で見えにくくなっているのかもしれない。
 彼らは「分離したら自分は生きていられるはずがない」という不合理な幻想に支配されている。再接近期の不安と危機が状況によって再現されると、ちょうど潜水夫の空気チューブと命綱が断ち切られるような激しい恐怖と怒りが呼び起こされる。「分離しても大丈夫」という感覚が乏しいのである。治療者が「変わらずそこにいる存在」として機能し続けることが結局、「分離しても大丈夫」という感覚を供給する。治療途上の早すぎる分離は危険であるが、患者が直面する危機はほとんどが何らかの形で分離の問題が関与している。治療者は分離に敏感でなければならないのはこの問題が治療の最終目標であるからである。